低予算映画のための脚本を製造する

トップ画像

まえがき

劇映画を撮るのであれば、脚本が必要です。そしてそれを自ら作成することも少なくないとわたしたちは考えています。

この記事ではPathfinderの脚本製造工程を例に、低予算映画における脚本の開発および実装について説明します。また、わたしたちが使っている脚本の表現型式について紹介します。

なお、本文はその性質上Pathfinderの物語についての詳細な記述が行われておりますことにご注意ください。他のいくつかのわたしたちの作品の脚本の一部も、参考に使用しています。また、この記事では物語や登場人物、設定といった個人の感覚に依るところが極めて大きい定性的な問題については扱いません。

効率的な低予算映画撮影のために、自分たちのための撮影手順書を作るも参照してください。

工程の概要

開発と実装

わたしたちにとって、脚本は開発した後に、実装されるものです。単に執筆される脚本というものはありません。

なぜなら、低予算映画は利用できる資源が著しく制限されているため、その資源を最大源活用するために様々なことを考慮しなければならないからです。それを怠ると、最悪の場合制作に失敗し、そうでなくても脚本が求める品質を著しく下回る作品が完成することになります。

わたしたちにおける脚本の開発とは、その脚本を実現する映画が獲得する目標を定め、次にどう繋げるかを考え、投入できる資源を確認し、主題やその表現方法としての結末を求め、登場人物や物語といった構造を構築した後に、危険因子について把握し、それへの大まかな対抗策を立てることです。そして、脚本の実装とは開発して得られたものを、実際に文書化し、映像化するにあたっての問題点を洗い出し、これを確実に潰していくことをいいます。

思いのままに執筆した脚本がそのまま映画化できるのであれば、それは最早低予算映画ではありません。

工程全般における留意点

低予算映画を完成に導くために必要なのは妥協です。妥協なくして成功はありません。

わたしたちがそうであるように低予算映画制作者の中には、超大作を夢見て、可能な限りの豪華な作品を夢見ている方も多いと思います。しかし、その誘惑に負ければ、その先には確実な失敗が待ち受けています。わたしたちも何度も経験しています。

完成させ続け、大作を作るための手を打ち続けていれば次第に組織は強大になり、より大作を作りやすくなります。ですから、最も重要なのは完成という名の成功であり、そのためには作品の規模や品質に対する妥協を避けるべきではありません。脚本の製造工程の全般において、成功のための妥協について考えていくべきです。

但し、すべてにおいて危険を避けることは映画と自らの進展を阻む結果になるということについて忘れてはなりません。危険を適正に評価し、これを可能な限り回避する一方で、進歩のために適切な戦力を集中投射すべき点を見いだし、その点において成功を勝ち取る制作者のみが、映画の成果、ひいては次回作の発展と勝利を持ち得るのです。

妥協のない作品を作ることが許されるのであれば、それは最早低予算映画ではありません。

開発

獲得目標と次回作の準備

わたしたちは映画製作を継続して行うべき性質のものと捉えており、その一環として、一作毎に「獲得目標」と「次回作の準備」を取り込んでいます。

FILMASSEMBLERは元々、The Escape Velocityという作品を作るために集まったものであり、Pathfinderの開発開始時点においては、The Escape Velocityの実現が一つの目標になっていました。しかし、The Escape Velocityはそもそも出演者の数をまったく充足できないという問題があったため、この問題を解決するためには、FILMASSEMBLERの知名度を上げ、出演者の募集を容易にする必要があることは明らかでした。

そこで、「短期間で製作して」「競争で勝てる」「The Escape Velocityに繋がる作品」を作ろうと考えました。これが、Pathfinderの始まりです。

目標を立てると、その後の開発が迷走しかけたときに、何を基準に考えていけば良いかがはっきりしているため、軌道修正が容易です。また、次回作への希望は、妥協を次回作に持ち越すという形で納得しやすいという心理的効果があります。

資源の確認

脚本を書く前に、どんな資源が利用可能か確認しておく必要があります。

時間

先立つものは時間です。公開はいつにするのか、どれだけ製作期間が取れるのか、大体でいいので確認します。

予算

後述する人的資源も物的資源も、ほとんどは金で補強可能です。ですから、いくら使えるのか、これもどんぶり勘定で構わないので確認します。ただし、最初の段階から限界まで絞り出してはいけません。かならず予備費を最低でも一割ほど確保すべきです。

人的資源

数と種類

人的資源について考えるなら、まずは、何人撮影に動員できるかを確認します。

編集などの撮影後処理は最悪低予算映画の規模であれば一人でもやってのけることができますが、劇映画の撮影時には人数が必要です。もちろん最悪全部一人で行うこともできないことはありませんが、大変な労力を要します。多すぎても制御に困りますが、大抵の場合映画を撮ろうなどという苦労を進んでしようという人間はそれほど多くいませんので、できる限り多く動員します。

また、動員できるのが、助手なのか、技術者なのか、演技が期待できない役者なのか、演技が期待できる役者なのか、その種別も確認します。

助手の数が多いのであれば、簡単なことを沢山行うことができますし、優秀な技術者がいるなら、難易度の高いことができるようになります。演技は期待できない役者が多い場合と、演技が期待できる役者が多い場合では、脚本の内容は大幅に変わるはずです。

Pathfinderにおいては、のべ十数名を動員しました。演技が期待できる役者としての林と遠藤、演技が期待できない役者数名、技術者と助手は試験撮影を含めて十名ほどを動員しています。

復活の水平線大怪獣奪還計画 撮影試験映像においては、現実的に普通自動車を運転できる人物が一人しかいなかったため、その一人が大変な苦労をして運転することになりました。

質と予備

大変残念なことですが、映画製作の途中にはかなりの高確率で失踪したり参加をとりやめる人物が出てきます。製作の主体としてはそういった人物が現れても確実に映画を完成させるために、手を打たなくてはいけません。特に新たに参加して貰う人物、まったくの未経験であったり初めて会う人物や無理を言って参加し続けて貰っている人物については細心の注意をはらう必要があります。

この問題に対する対抗策としては、信頼できる人物を役者における重要な位置につけず、主役級を信用が難しい人物に任せる方法が挙げられます。こうすることで、よくわからない人物には責任感を持たせて参加意欲を保たせることができます。また例えその人物が戦力として評価できない事態に陥った場合でも、予備として保存しておいた信頼できる人物をあてがい、製作が破綻することを防げます。

少なくとも、動員を期待できる人物をすべて欠かせない立ち位置につけることは絶対に回避しなくてはなりません。基本的に低予算映画は慢性的に人手不足の傾向にありますから、予備の人間が撮影を通じて暇を持て余すということはないとわたしたちは考えています。

Pathfinderにおいては、真希役の遠藤の招聘自体が確実ではなかったため、予備を用意して製作に臨んでいます。

物的資源

撮影場所

映画を撮るためには基本的に撮影場所が必要になります。

最も簡単と思われるのは、自宅等ほぼ完全に自らの支配下にある場所を使うことです。大きな音を立てたり、破壊等の不可逆な行為を行わない限り、誰にも迷惑がかからず大変便利です。

また、学生であれば学校側と適宜調整すれば校舎等の多くの場所の利用が期待できます。また商店等は交渉次第でなんとかなる場合もあります。正式な手順を踏めば、路上での撮影も不可能ではありません。路上での撮影は公道上で低予算映画を撮影するために必要な準備と手続きも参照してください。

資金に余裕があれば、場所を賃借することもできます。スタジオはもちろん、プール、ヘリポートといった特殊な場所、公共交通機関や船といった乗り物でさえ借りることが可能です。

Pathfinderは簡単かつ確実に撮影許可を得られる、利用経験のある施設を利用しました。これは最初に企画を考え始めた時点から決定されていました。

衣装と小道具

最も簡単な方法は、私服や日用品によってのみ間に合う脚本を書くことです。しかし例えば、軍装品を入手する当てがある、和服を大量に保有する人物がいる、などといった特殊事情がある場合はこれを利用して脚本を書くこともできます。復活の水平線大怪獣奪還計画 撮影試験映像においては、サバイバルゲームを趣味とする人物の当てがあったため、テロリストを出現させることが可能となりました。

特殊な衣装を利用する場合、特に制服の場合は人数がいない場合は、巧みに逃げ切る必要があります。復活の水平線大怪獣奪還計画 撮影試験映像においては、陸上自衛隊の迷彩服の調達費用が一着分しかなかったうえ、自衛隊正式採用の自動小銃である89式自動小銃の模造銃の類いがまったく手に入らなかったため、自衛隊員は単独でしか現れず、武装していない状態となっています。

一着しかない自衛隊の迷彩服
一着しかない自衛隊の迷彩服

また、黒い作業服も一着しかないため、溝呂木役とSAT隊員で使い回していますし、H&K MP7も一挺しかないため、使い回しています。

黒い作業服とH&K MP7の使い回し
黒い作業服とH&K MP7の使い回し

飛び道具としては、大変な労力を必要としますが、何度も同じ衣装を使い回して撮影して、これを合成して人数を増やすという方法があります。あるいは特殊部隊等の高度な技術を持つ戦闘集団である場合、光学迷彩という伝家の宝刀を利用する方法があります。これは簡単な加工であるわりには、かなり衝撃的な映像を作ることが可能であり、素人は簡単に騙すことができます。実際には輪郭以上の情報は映らないため、適当な格好でもまったくバレません。したがって、装備品を揃える予算がない場合でも、この手は使えます。INTERCEPTORではこれを用いて、特殊部隊が空挺強襲を行う場面を作品に含めています。ただし、どちらの場合も、大変な労力を編集工程で必要とするため、その人的および時間資源を計算に入れなければなりません。

Pathfinderではすべて私服や市場で簡単に調達可能な服を使用できるようにしました。また、特殊な小道具も必要としないものにしてあります。

特殊な撮影対象

街を熱線で破壊する大怪獣、進撃する戦車大隊、洋上に展開する空母機動部隊、山中に作られた超巨大実験施設、火星ロケットを打ち上げるための発射台等、特殊な撮影対象を必要とする脚本の執筆には充分な注意が必要です。その映像を獲得可能である、という期待を持てないのであれば、取り入れるべきではありません。

Pathfinderでは確実に短期間で完成させるため、特殊な撮影対象を徹底的に排除しました。

機材など

時間を引き延ばして表現できる高速度撮影が可能なカメラ、気象条件を悪化させられる散水機や送風機、カメラに自由度を与えるクレーンやドリー、そういった機材が用意できるのなら、それを生かした脚本を書くことも考えられます。逆に言えば、そういった特殊な機材が用意できないのに、それを前提とした脚本を書くべきではありません。

機材に頼った内容だったため、開発段階で企画を中止した例として、わたしたちが2012年に撮影を考えていた「残照」が挙げられます。この映画では鮮やかな色彩を確保でき、色の分離が簡単にできる映像を獲得できる機材が絶対に必要でした。しかし、機材についての情報を収集するうちに、当時の技術では絶対にこれは製作が不可能だという結論に至り、開発中止の判断を下しています。

Pathfinderでは、二種類の架台を新規投入し、また同種のカメラを二台調達してマルチカムシステムを構築することを前提に脚本を開発しています。比較的高い場所から真下にカメラを向けられる三脚の採用と、擬似的にクレーンのような動きをさせられるフルード一脚の採用はこの作品の開発に大きな影響を与えました。

比較的高い場所から真下にカメラを向けられる三脚を使用したカット
比較的高い場所から真下にカメラを向けられる三脚を使用したカット
擬似的にクレーンのような動きをさせられるフルード一脚を使用したカット
擬似的にクレーンのような動きをさせられるフルード一脚を使用したカット

質的資源

利用できる技術

役者や技術者が持っている技術も評価して脚本の開発に役立てるべきです。

例えば、役者が格闘技、舞踏等の技術を持っている場合、それを生かすのは初歩的ですが優れた手段です。撮影側技術者が、手持ち撮影でカメラを安定させる技術を持っていることが確かであれば、それを利用する脚本を書くことができます。

どちらの例も、そういった技術がないのに、それを前提で脚本を書くと製作が最悪の場合破綻します。役者が自在に涙を流すことができないのに、泣く場面を入れることはおすすめできません。

Pathfinderの場合、台詞があり、主に演技する役者は二人とも舞台役者出身だったため、台詞を完全に暗記し、長時間の演技に耐えられる技術があると評価できました。ですから、脚本ではカットを長くしても構わない、長台詞を用意しても構わないという前提で脚本を書いています。

期待できる将来性

今現状保有している技術のみで映画を作っていては、製作集団としての進歩は望めませんし、映画として望むところに足りないという場合もあると思います。今の技術を少し進歩させることを前提に脚本を開発することも可能です。

例えば、我々はINTERCEPTORSで初めて、実景に小さなCGIで作った早期警戒管制機と戦闘機を合成し、それなりの成功を収めました。これは非常に難易度が低く、ほとんど豆粒のような機体の輪郭のみでも問題ありませんでしたが、戦闘機と早期警戒管制機であることが、飛行機について知識が少しある人間であればわかるほどのものでした。

INTERCEPTORSにおけるCGIの活用例1
INTERCEPTORSにおけるCGIの活用例1
INTERCEPTORSにおけるCGIの活用例2
INTERCEPTORSにおけるCGIの活用例2

ほとんどゴミのようでわかりにくいですが、画面中央より右上寄りに二機の戦闘機の輪郭が確認できます。動いていると、この程度でも目につくものです。

ですから、我々は2014年夏現在製作中のENTERPRISEではカメラを機体側に寄せることを試みています。もし上手く行かなくても、カメラを引けば上手く行くとわかっているので、この挑戦は容易です。これを続けていけば将来はさらにカメラを近づけたり、空戦シーンを脚本に取り込めるようになります。

ただし、Pathfinderにおいては、確実なものを作るために挑戦を可能な限り避けており、そのため将来性に頼ったものを脚本には取り込んでいません

確保できる生産力

無限に撮影できる時間があれば別ですが、映画の撮影は基本的に時間との戦いを強いられます。役者や技術者の技倆と利用できる時間から、どれだけの生産力が確保でき、それによってどれだけの作品が作れるのか検討した上で脚本は開発されなければなりません。生産力を上回る巨大な脚本は破綻を確実に招きます。

Pathfinderでは二日間の撮影期間で二回撮影可能な程度に脚本を詰めており、実際に二日間で二回撮影しています。

主題とその実現

明文化できる主題が存在し、その主張を行うことが目的であるのなら、その一言を掲示すれば良いことは明らかであり、映画を撮るなどという投資対効果の極めて低い行為をする必要はまったくありません。しかし、わたしたちの知る限り、劇映画には主張する明文化された主題が必要だと感じている人々は数多く、それは制作者側にも少なくありません。また、興行や競技などの場合、その主題の有無や内容が問われることは決して少ないとは言えず、その設定を避けて通ることは純粋な喜劇等を除いて難しいものとなっています。

わたしたちの場合、主題を決定してから実現方法を考えるということはなく、実現方法にあった主題が映画を作るなかで発見される傾向があります。そもそもFILMASSEMBLERでは映像があらゆるものに対して優先されるため、物語は二の次になります。Pathfinderの場合も例外ではなく、獲得目標と条件から、屋上という一舞台で完結する物語を考え、出品先の昨年の受賞作からどのような主題を持つ映画が望ましいかを考えています。

Pathfinderでは屋上という場所が使えることから、「日差しが鋭く暑い屋上に寝転んだ少女」と「彼女に話しかける少年」という絵が最初に考えられました。また、スペースシャトルひいては宇宙往還機という種類の宇宙船に憧れた世代が火星を目指す物語であるThe Escape Velocityに繋げるための作品として、映画の題名をスペースシャトル試作一号機である「Pathfinder」としたため、開拓者の話にする必要がありました。さらに、後述するいくつかの理由を考えた上で、考え出されたのが「自らの目的を達成しやすい場所に移動する」という主題です。この主題であれば「寝転んだ少女が日陰に移動したことで主題について気付きを得る」という形で実現可能ですし、「立場を開拓した」という論法で題名の「Pathfinder」の意味も通ります。また、当時の状況では、これなら資源が問題になるようなことがないと判断しました。

構造の構築

最初と最後が決まったのなら、あとは最初と最後を繋ぐ作業が必要です。

「炎天下に寝転んでいる少女」が、突然立ち上がり、日陰に行ってしまっては映画が十秒で終わってしまいますし、それで突然主題に気付かれてしまったら余りに唐突であり観客そして審査員の理解を得ることはできません。

この時点ではPathfinderにそもそも彼女が寝転んでいる動機や、少年が彼に話しかける動機、そして二人が気付きを得るために必要な主題に至るまでの物語が必要なことが明らかでした。ですから、最初の作業はこれらの必要事項を用意することになります。また、二人以外の登場人物も配置します。物語が唐突に展開すると観客は脚本に欠陥を覚えるので、伏線を張ったり、それを回収したりといった作り込みも欠いてはなりません。また、もっとも重要な変化が訪れるのは映画の終わりより少し前にあることが、不特定多数に見てもらう作品には向いてます。

この作業は一見単純ですが、ここでは資源の評価結果がすべてを左右するため、そう簡単なものではありません。足りないものが出てしまうと、いつまで経っても映画が撮影できなくなります。保有する資源を活用する一方で、その範囲に収まり、かつ、脚本として必要な動機などの要素が組みこまれた構造を構築する必要があります。

危険の評価とその対応

構造の構築が終わったのなら、その時点で予測できる危険について洗い出し、これに対しての対応方針を定めておきます。

例えば難易度の高い撮影や、日程的に厳しい挑戦を行うことにしたのなら、失敗したときにどうするのか、どの時点で諦めるのかをはっきりさせておきます。こうすることで、現場の判断を最小化し、効率的な撮影を行うことができます。

Pathfinderの場合、最大の問題は天候でした。遮蔽物のない屋上に寝転んでいるという設定は、雨天に対して極めて無防備です。また、「快適でない場所」から「快適な場所」に移動しなければ、主題が要求する結末へと物語を繋いでいくことができません。わたしたちはこれについて、撮影当日の天候に応じて柔軟に脚本を変更するという対抗指針を定めました。

実装

基本的な実装

まずは場面を分け、単に台詞と単純な動作等を表したト書きを実装します。これを全体の骨格として修正をかけていきます。

伏線の処理

効果

主題を表現したり、物語の説明をおこなうための伏線は、それが効果的に回収された時に観客にある種のカタルシスをもたらすことが期待できます。

注意点

伏線の配置と処理には充分な注意が必要です。

わかりづらい作品を作る方法として、伏線を一度しか張らない、伏線としてあまり一般的ではない方法を使う、というものがあります。逆の言い方をすれば、伏線は何度も張るか、一般的な方法で張らなければ、観客に認知されず、作品はわかりづらいと評価される可能性があります。

また、映画を見る人間の多くは、極めて注意が散漫であり、推理することはありません。映画を作る側の想像を遙かに下回る水準で、伏線に気付いたりそれを整理統合して推理することはない、ということを十分理解する必要があります。上映時間のすべてにおいて映画に集中し、それと同時に思考を組み立てられる人間は極めて少ないのです。

実装

したがって映画をわかりやすくするためには、徹底して繰り返し伏線を張り、これを丁寧に回収しなければなりません。どんなにわかりやすいやり方で伏線を張っても、その場面で観客が集中していないという事故は頻繁に起き得ますし、また、忘れてしまうということも少なくありません。映画を作っている側より、見ている側はずっと緩んだ態度で映画を見ているものである、ということを忘れてはなりません。

さらに、伏線の張り方は何気ない仕草に含ませるのではなく、わかりやすく、できれば伏線として重用されているやりかたで提示することが求められます。例えば、泣いている人間が隠している口元では歯を見せて笑みを浮かべている、という形で示すべきです。ジャケットを羽織った人間が懐から煙草を取り出そうとして、銃を隠し持っていることがバレないようにさりげなく腕で隠す動作をカットを変えずに見せる、といったわかりづらいやり方をすべきではありません。

回収

伏線を適宜回収せず、放置することに反感を覚える観客がいることに注意すべきかもしれません。

参考作品

「魔法少女まどか☆マギカ」は、明快な伏線を連続的に張り続け、終盤で一期に回収した作品であり、わかりやすい伏線の張り方として非常に参考になります。

伏線をかなり緻密に張ってあるにもかかわらず、極めてそれがわかりづらい映画の一つとして、「裏切りのサーカス」があります。この作品は公開時にも、制作側であまりにわかりづらいことが表明されており、それへの対策として複数回鑑賞者には鑑賞料の割引が提示されていました。伏線の処理について悩むことがあるのであれば、この作品を鑑賞することもよいかもしれません。

伏線の明快さは確かに映画をわかりやすくしますが、伏線がわかりづらいから映画自体がわかりづらくなるかというと、そんなことはありません。例えば「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ルパン三世 カリオストロの城」は伏線がさりげなく張られており、注意深く見なければ伏線の存在にすら気付かない伏線がありますが、別に気付かなくても構わない程度の伏線のため、映画自体のわかりやすさに特に影響を及ぼしていません。

伏線らしいものを大量に張り巡らせて、衒学的な効果を狙った作品として「新世紀エヴァンゲリオン」が挙げられます。

Pathfinderにおける伏線への対処

Pathfinderでは、これといった伏線の配置と処理を行っていません。そうする必要がない脚本であり、そういう脚本を作って問題を回避したからです。

映像面の準備

伏線の処理が完了したら、映像面での準備を進めます。台詞と単純な動作等のト書きのみで表現するのであれば、映画にする意味はありません。また、台詞が長くなってくると、その台詞を言っている間、登場人物達が台詞以外の面ではどんな演技をするのか、ということも問題になってきます。主題や物語を表現するための映像についての記述をト書きで追加していきます。

Pathfinderの場合、主題が「自分の目的を達成しやすい場所に移動する」ことにありますので、「自分の目的を達成しやすい場所に移動する」映像を差し込めば良い、ということになります。

また、Pathfinderではマルチカム撮影を行い、編集時にカット割りを決めることを決定していたので、この時点でどこからどこまでを撮影上の1カットとするかを決定する処理を行っています。

危険因子への対抗策の構築

開発工程で定めた危険への対抗策を、実際に脚本へと実装していきます。

Pathfinderがそうであったように天候についての対策は充分に練るべきです。もちろん練度の高い技術者や役者は現場での変更に柔軟に対応する筈です。しかし必要なのは予想外の事態が発生したときに、現場で自由に利用可能な、充分な量の思考資源です。事前に立てられる対策があるのなら、先行してこれを脚本上に実装するといった形で文書化し、現場での思考資源を可能な限り温存すべきです。

難易度の高い撮影を組み込む場合、調達が不安な物品の使用を予定する場合、役者が本当に撮影に参加できるのかわからない場合、等脚本に多大な変更を及ぼす危険因子が評価され、それを受け入れることに決定しているのであれば、それについては充分な対抗策を構築し、脚本の抗堪性を確保すべきです。

Pathfinderでは、天候とその変化に応じ、取り得るすべての選択肢を脚本上に実装しました。

演出意図や申し送り事項の記述

低予算映画の場合、役者と演出側が意見をすり合わせたりする時間も惜しい、という事態に頻繁に遭遇します。演出意図や伝えるべきこと、すべての関わる人間にとって必要に思える脚本実装段階での情報も、書き込んでおきます。また、劇伴を発注する場合は、どういうものを発注するかなども書いておきます。

次第に脚本の内容が煩雑になってきますが、書いたものを削っていくのは楽ですが、継ぎ足していくことは後になればなるほど時間が足りないために苦労となります。先行して実装しておきます。

Pathfinderでは演出意図はもちろん、今後考えるべきことややるべきこと、ロケ地の写真など、できるだけ状況を共有することができるよう大量の情報を注ぎ込みました。

脚本の研磨

映画を作り始めると、途中でこうしたほうが良いのではないか、こんな絵が偶然撮れたからこれを上手く使いたい、そんなことが多くあります。わたしたちの経験の場合、映画がどういうものであるか確定するのは編集して音楽を入れた段階であることが常です。

経験上、映画は後工程になればなるほど肥大化するものだということがわかっていますので、伏線の処理に警戒しつつ、不要な部分を削り込んでいきます。事前にこうしておくことで、脚本の実現に躍起になり、取り得た進歩を取り入れられないという事態を回避できます。もちろん、適正な削り込みであれば、脚本に破綻を来すことはないので、最悪何も起きない、何も思いつかないという事態に陥っても必要最低限の作品が完成します。

残念ながらPathfinderの現存する脚本は削り込んだ後のものなので、この工程について実例を用いて解説することができません。

柔軟性の把握

入念な準備は必要ですが、それにも限度があります。あらゆる問題の発生の組み合わせについて対抗策を考えようとしても、その数は爆発的に増大するので、事実上対抗不可能ですし、可能性が限りなく低い状況について対抗策を組み立て記述するのは投資対効果が低く、現実的ではありません。

しかし、無策であっても困るので、脚本の実装がある程度完了したら、何処がダメになったら何処を切り捨てるのか、どこまでダメになったら製作を見直すべきなのか、といったことを感覚的に把握しておきます。「あそこは別になくても繋がる」「この役者の拘束時間が予定より下回ったら、ここを捨てる」などといった具合で、全体的に優先順位をつけておきます。前節と矛盾するようなことを書いていますが、そこでもし実際に削ることになってしまったら、また編集段階で組み立て直しを図れば良いのです。意外となんとかなるものです。しかし、備えは必要です。

Pathfinderの場合、一日で撮影が済むよう作り、丸一日予備日を確保していたので、それほど警戒する必要はありませんでした。しかし、一方で気温や湿度、天候に左右される作品であることから、撮影時期が変わった場合は脚本の変更が必要である一方、変更すれば何ら問題なく機能することは初期段階で把握していました。実際に、当初の夏撮影の予定から転じて、撮影を十一月末に行ったため、台詞の内容を大幅に変更しています。

表現

実装された脚本の表現に工夫を行い、それぞれの使用場面での実用に適した形にすることも考えるべきかもしれません。以下に、わたしたちが使用してきた脚本の表現形式の例を示します。

単純な脚本

わたしたちが常用している脚本は下に示す極めて単純な表現型式のものです。

わたしたちが常用している脚本の表現型式の例
わたしたちが常用している脚本の表現型式の例

必要最小限の内容が書かれており、見やすいため、多用されています。なお、作品によって少しずつ違った型式になっています。

基本的に最小限の構成ですが、各シーンの冒頭には演出意図などを記しています。特筆すべきはすべての台詞の先頭に番号が振ってあることです。これは後の音響作業の際の識別用に用意されています。

Pathfinderで使用された脚本

Pathfinderでは下に示す表現型式の脚本が最終的に撮影で使用されました。

Pathfinderで使用された脚本の表現形式の例
Pathfinderで使用された脚本の表現形式の例

天候によって変更する台詞にはそれに応じた記しを、また、登場人物によって台詞行の背景色を変えてあります。これは、INTERCEPTORの撮影時に多くの役者が自分の台詞をペンで強調していたため、それを制作側で行ったものです。

すべてを取り込んだ脚本

Pathfinderの初期段階で使われていた脚本の表現型式を下に示します。

すべてを取り込んだ脚本の表現形式の例
すべてを取り込んだ脚本の表現形式の例

あらゆる情報を詰め込んでいるため、大変情報量が多いですが、一方で可読性が低いという問題があります。

むすび

この記事では、低予算映画における脚本の製造工程について解説した後、開発段階と実装段階の詳細な手順や注意点について説明しました。また、わたしたちが使ってきた脚本の表現形式の例を示すと共に解説を行いました。