撮影における様々な利点を得るためにマルチカム撮影を行う

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まえがき

多くの映画は、一時に一つの視点からの映像を観客に提供します。しかし、それは一時を一つのカメラで撮影しなければならない、という基準を定めているわけではありません。複数台のカメラで同時に撮影を行うマルチカム撮影は、様々な利点を映画にもたらしてくれます。

この記事ではまず、架空の劇映画の一つのシーンについて説明します。続いて、このシーンを撮影することを想定して、マルチカム撮影の利点と欠点について述べ、続いてマルチカム撮影に必要な機材について説明します。また実際にマルチカム撮影を行う際の注意点についても説明します。

前提条件の設定

話を簡単にするために一つの例を用意します。これからこの記事では、次に記す架空の劇映画の一つのシーンを撮影するときのことを考えながらマルチカム撮影について説明します。

二人の登場人物が、会話しながら歩いています。内容は、この映画の中で起きている連続爆破テロ事件の犯人が残した手がかりについてです。この二人が歩く距離は相当なもので数十メートルにわたって歩きます。また場所は人通り多い街頭で、二人は会話をしながら横断歩道も渡ります。そしてその途中にあった電話ボックスが犯人によって突然爆破されるのです。

マルチカム撮影を想定した地図
マルチカム撮影を想定した地図

例となる劇映画の1シーンのマルチカム撮影を想定して作った簡単な地図です。実際に撮影をする際には、より詳しい地図を何種類も作ります。一枚ではなく何種類も用意するのは、煩雑になることを防ぐためです。

カメラ1が撮影する映像の想像図
カメラ1が撮影する映像の想像図

手前に向かって歩いてきた二人は、この後右側に曲がります。反対にカメラは左側に向かいますが、 二人を追い続けます。

カメラ2が撮影する映像の想像図
カメラ2が撮影する映像の想像図

問題の電話ボックスのすぐ近くを二人が通り過ぎます。もちろん、爆発の瞬間やその被害の様子を捉えることもできます。

カメラ3が撮影する映像の想像図
カメラ3が撮影する映像の想像図

二人が信号を前にして立ち止まって議論をする姿を捉えるのにも、間一髪難を逃れた様子を捉えることもできます。

カメラ4が撮影する映像の想像図
カメラ4が撮影する映像の想像図

爆発の影響の大きさや、周りの混乱などを爆発の前後の様子の違いを見せることができます。

マルチカム撮影の利点

出来の良い映像だけを集めて使うことが簡単になる

もし仮にカメラが一台しか使えない場合で、前衛的な表現をする予定もなく、また手短に撮影を済ませたい場合、カメラの位置や向きは限定されます。また、何らかの方法で登場人物達を追跡して、画面の枠の中に捉え続けなければなりません。

問題はこれだけではありません。交通量の多い道路の様子を作り出すために走らせたトラックが、車の動きの指揮に失敗した結果、登場人物とカメラの間で運悪く信号に捕まってしまったら、二人が話している犯人に繋がる重要な手がかりについての推理の内容ではなく、トラックの持ち主である運送業者の名前を観客は記憶することになります。トラックではなく登場人物の二人が普段通りの動きをする信号に捕まってしまったら、二人の推理の内容を観客が忘れてしまう可能性は減りますが、似たような絵が1分半にわたって続く意図しない展開になる可能性もあります。

こんなときカメラが複数台あって、様々な場所からいろいろな向きで二人の姿を撮影していれば、編集の際に推理を展開する二人の様子をよく捉えた映像だけを集めることができます。また、絵が固まってしまいそうなとき、カメラを切り替えて、突然災難に見舞われるこの映画の舞台をよりよく写すことができます。この例の場合、これは同時に複数台のカメラで撮影しているからこそできることです。ばらばらに撮影した映像を集めると通行人が瞬間移動するといった気のせいでは済まされない違和感が発生してしまうことも考えられます。

演技をはじめとする動作を止めたり断ち切らずに撮影できる

カメラを複数台使わずに複数台使ったときと同じような映像を作る方法としては、通行人などの瞬間移動の問題が起きないように注意深く計画して、細かくカットを割って撮影を行う方法があります。本当に注意深く設計すればこの方法も映像的には悪くない結果を生み出すことができます。

しかし、劇映画の場合演技の品質も無視することはできません。役者が劇映画の撮影になれていて、どんな状況でも演技を完璧に制御でき、任意の時点で感情の流れを一時停止しまた再開できる、というのなら別ですが、できれば役者は流れに乗って連続的に演技したいと考えているはずです。また、ある程度の時間単位で撮影をすることで演技の品質向上を見込めます。

演技ならば何とかバラバラに撮影したものをあとからつなぎあわせて、いかにも複数台のカメラで撮ったかのように見せかけられるかもしれません。しかし、二人が犯人に繋がる重要な手がかりについて話している間に犯人の新たな攻撃が行われ、二人のすぐ近くにある電話ボックスが爆破される場合、この手法をとることは限りなく難しくなります。何度も電話ボックスを爆破しない限り、爆発とその直接的な影響が収束するまで、カメラの位置や向きを瞬時に切り替えることはできなくなります。

一つのカメラで撮影するには撮影を細かく分割しなければならない場合でも、カメラが複数台あると演技をはじめとする様々な動作を止めたり断ち切らずに撮影することが可能になります。 

保険をかけられる

電話ボックスの爆破のように費用的あるいは時間的にやり直しの利かない撮影というものは数多くあります。もちろん撮影の間失敗が起きないように様々な手を打つことは必要ですが、ミスを完全になくすことはできません。撮影している途中にカメラが突然故障してしまう可能性も捨てきれません。記録媒体が運悪く寿命を迎えてなにも録画できていなかったという事態も考えられます。

やり直しの利かない撮影でなくても現場では気付かなかった焦点設定の失敗や、写るべきでないものが写ってしまったといった類いの失敗を撮影が終わって編集している最中に気付くことがあります。

その日の撮影を開始した途端にカメラが故障してしまうこともあっておかしくない事態です。カメラが一台しかなければ撮影を中止して、諦めるしかありません。

カメラが複数台あることは、様々な不測の事態に対して保険をかけることを可能にします。やり直しの利かない撮影の途中でカメラが故障してしまったり、あるカメラで撮影された映像についての問題が編集中に発見された場合、その問題を編集で覆い隠すことを可能にします。また、カメラ自体の故障に対しては他のカメラを予備機として使用することで、撮影の続行を可能にします。

撮影時の些細な問題を無視して撮影できる

撮影の途中に問題が発生する度に一々撮り直しをする時間的あるいは資金的または体力的な余裕があるかどうか考えてみてください。また、撮り直すために必要な余裕があったとしても、使わないことにした映像の方が、採用した映像に比べて二人の演技が良いこともあります。

保険をかけられるに述べたように、複数台カメラがある場合は、ある特定のカメラで撮影した映像に問題があったとしても、他のカメラで撮影した映像で代用することができるため、撮影時の些細な問題を無視して撮影を進められます。

撮影時間を節約できる場合もある

映画の品質を高めようとすると、撮影を開始する前に様々な準備が必要になります。つまり、撮影回数が増えれば増えるほど時間が多く必要になります。

多くのカットを同時に撮影することができるため、カメラが複数台あると時に撮影時間や費用を節約することができます。しかし、マルチカム撮影には相応の準備が必要であるため、必ず撮影時間を節約できるというわけではありません。

マルチカム撮影の欠点

複数台のカメラをはじめとしたいくつかの機材を用意する必要がある

マルチカム撮影を行うにあたって最大の問題は、カメラをはじめとしたいくつかの機材を調達する必要があることです。

必要な機材の詳細については、マルチカム撮影に必要な機材に後述します。

複数台のカメラを同期する必要がある

複数台のカメラを同時に撮影してあとで統合し、違和感なくカメラを切り替えるためには、何らかの方法で映像の同期をとる必要があります。また、撮影の開始と終了を全てのカメラで同時期に行えば、カメラが無駄に記録状態におかれる時間が少なくなります。これは記録媒体の節約や、撮像素子の冷却に役立ちます。

人的資源を大量消費する

カメラが複数台あり、その同期をとりつつ撮影を円滑に進めるためにはカメラの台数分の撮影技師をはじめとした、人的資源を大量消費することを意味しています。

注意事項が増加する

写ってはいけないものが写らないようにしたり、写るべきものが写るようにすることは撮影の際の基本的な注意事項ですが、カメラが複数台あると失敗が起きる危険性は高まります。

すべてのカメラから写ってはいけないものが写らないようにすることは、一つのカメラから写らないようにすることより一般的に難易度が高くなります。また、役者の二人は今自分たちが歩いている場所を把握していること、どのカメラにお互いの表情が映るかを知っていること、お互いがお互いを隠さないように歩けていることなどを把握している必要があるかもしれません。つまり、映る側にも注意すべきことが増えるかもしれない、ということです。

確認が難しくなる

カメラが複数台あると、全てのカメラで問題がないことを確認するために、時間的あるいは資金的な支出が必要となります。

撮影中に専用の機材を用いて全てのカメラが撮影している映像を確認するためには、そのための機能を持った機材が必要となります。あとからそれぞれのカメラの映像を確認する場合は、カメラの台数分の時間がかかるため、判断に時間がかかります。撮影が終わる度にカメラを集結させて同時に再生することで一時に確認する方法もありますが、操作性や視認性に不安が残ります。

そのための時間がない場合は、全てのカメラがどんな映像を撮影しているか想像したり、あるいはそれぞれのカメラを担当している撮影技師の判断を信じることで対応できますが、場合によっては不安を残すことになります。

マルチカム撮影に必要な機材

カメラ

マルチカム撮影を行う場合、可能な限り全てのカメラを同じ機種にすべきです。これは、カメラの切り替えによって色調が変わることで違和感が発生することを防ぎ、また編集で色調を補正する際の作業量を削減するためです。また、撮影技師の訓練をはじめとする運用と保守の手間を削減することにも繋がります。

定量的に媒介変数の設定が可能な機材

複数のカメラから同等の色調の映像を得るためには、それぞれのカメラに対する媒介変数の設定が定量的に可能である必要があります。

この要件に合致しないことが多い機材として、可変NDフィルタがあります。可変NDフィルタは一つのフィルタで簡単に光量を変化させることができますが、大抵の場合現在の減光量を把握することができません。したがって、複数台のカメラで同等の色調の映像を得ることが困難になります。よってマルチカム撮影を行う際は、NDフィルタを各種複数枚、同一の製品で揃えるべきです。

同期をとるための何らかの機材

正確にカメラ同士の同期をとるために無線通信によって同期するカチンコが利用できます。わたしたちは、Movie★Slateを使用しています。

また、カメラ同士や専用機材を有線接続して同期をとることができるカメラもありますが、わたしたちはその詳細について詳しくないため、ここでは省略します。

通信機器

カメラ同士が遠く離れていて、肉声による通信が難しい場合は通信機器の導入を考慮すべきです。電波状態が著しく悪く無線通信に適さない場合や、電波に対して過敏に反応する機器を使っているといった、特別の理由がない限り、無線機による通信が効率的です。

通常の電話回線を使用した携帯電話による通信は3名以上で通信することが難しい場合があります。その他にも、音声品質が著しく低下する可能性や、混雑時に長時間通話が切断される可能性、通話料が高額になる可能性もあります。また、データ通信回線を利用した音声パケット通信は、通信量が膨大になるため、帯域規制の影響を受ける可能性や、通信環境によっては通話が成立しない危険性があります。

遅延が大きいインスタントメッセンジャサービスはマルチカム撮影の用途には向いていません。

特定小電力トランシーバはやや高額ですが、マルチカム撮影には最適な通信機器です。なお、海外製の無線機にはより安価で通信距離が長いものが存在しますが、日本国内における使用は電波法違反となる場合がありますのでご注意ください。

高性能コンピュータと編集ソフトウェア

複数台のカメラで撮影された映像を効率的に編集するためには、演算能力とデータの読み書きの能力に優れた高性能のコンピュータが必要になります。また、映像編集ソフトウェアのなかには、映像中の音声を元に複数台のカメラで撮影された映像の同期をとる機能を持つものがあります。これを使用すると編集を効率的に行うことができます。

実際にマルチカム撮影を行う際の注意点

指揮系統と手順

実際にマルチカム撮影を行う場合は、誰が全てのカメラの制御を指揮するか、どうやって相互の状況を把握するか、といった連絡の手順や用語の統一を図っておく必要があります。マルチカム撮影の場合、一時に撮影の根幹であるカメラの制御に関わる人数が増えますので、会話の誤解による問題が発生しないように用語や合図は正確にこれを定め、使用することをお勧めします。

同士討ち

マルチカム撮影において最も起きやすい失敗は、あるカメラが他のカメラを写してしまうことです。この失敗を回避するためには入念な撮影計画の設計が必要となります。

むすび

この記事ではマルチカム撮影の利点と欠点について述べ、必要な機材について解説しました。また実際にマルチカム撮影を行う際の注意点について解説しました。