空 全カット解説

各カット解説

空挺強襲

この作品は元々まったく別のEnterpriseという作品のために撮って、その作品が完成できないことが明らかになったために宙に浮いているカットを再構成して作ったものです。このカットは別のものを見上げている筈だったのですが、こうして落下傘を眺めさせることで「戦争の予感」を描き出すことに成功したのだ――と主張しても良いでしょうか。「始まっているらしい」という雰囲気を伝えたかったカットです。

このカットを思いついた時に、この作品を作れると確信した、と言っても過言ではありません。画質は劣りますし、技術も今よりずっと幼いですが、絵の強さだけは今まででもっとも強く、そして自主映画という領域でなければほとんど作ることが不可能な作品であり――もっと言うのなら、模倣することはもちろん、自分自身再現することが難しい作品を作った、と言えると思います。

レンズ的には16.5mmなのですが、実際に取り得るであろう距離では落下傘のシルエットすらわからなくなってしまうので、非常に寄せています。ですから、特に画面左端などは嘘っぱちなのですが、まあ、雰囲気重視ですね。

タイトル

林に「タイトルどうすればいいと思う」と相談したところ「記憶とか、そんな感じがいいと思います」と言われ、じゃあEnterpriseの素材で作った作品だからMemories of Enterpriseか、と考えていました。ただ、あまり気にいってはいなかったので、怪獣映画にしようというときになって再度考え直し、このタイトルにしました。

「そら」でも「から」でも読み方はかまいません。一応、意味は考えてありますが「なぜそういうタイトルなのか」を好きに考えてもらったほうが良いタイプの映画だと思います。

そんなこと考えなくても、絵を見ているだけでいい、とも思えますし。

デジタル技術の驚異

この作品で大きな力となっている船上カットをいきなり投入しました。あまりに手ブレがひどいので使えないだろうと思っていたのですが、Final Cut Pro Xのお力で見られるものになりました。つまり全体のカット数が足りなくておまけで放り込んだので、特に主張できることのないカットです。

ほとんどのカットがD7000で撮影されていますが、あの機種の今となっては貧弱な動画撮影機能にも関わらず鮮鋭な像が描き出されているのは太陽光という最高の照明と、この作品を撮るために大枚叩いて投入したCarl Zeiss Makro-Planar T* 2/100 ZF.2という高性能レンズのおかげです。自主映画なんてほとんどの観客は義理で見ているわけですから、少しでも楽しませなければいけません。きれいな女優さんが出てくれるのだから、それを最大限美しく描くために最も効果的な金の使い方をしました。

見下ろす構図

見下ろす構図というものが嫌いで、大体アイレベルを俳優の顔や腰に合わせているのですが、このカットは珍しく見下ろしています。理由はもう五年の前のことなので覚えていませんが、今ならもっと無理にカメラを押し込んででもアオったでしょう。

縦方向の移動

望遠撮影のマニュアルフォーカスにおいて縦方向の移動というのは極めて危険な好意なのですが、まあご覧の通りの画質なのでいいかあと思ってやっちゃいました。鋭い視線が一瞬入ったのでよかっと思います。こういう偶然があるから、実写は良いのだ、とも言えます。

平行投影的ないつものアレ

「手描きアニメで歩きカット作るなら最初に考える構図」です。様々なオブジェクトがバランスよく配置されていて、大変気に入っています。写り込んだ自分を見たのか知りませんが、演技もいいですね。こっちからこう歩いてね、ぐらいしか指示してないんです。アドリブです。

なお、この映画すごく路上撮影が多いですが、すべて所轄警察署の許可済みです。この許可取りに制作部が大勝利したことがこの作品の成功の最大の要因かもしれません。それがなければそもそも撮影できていないわけですから。

ものすごくうるさくて、ありえないほど近い

この上、電車が走るんですよ。電車が来ると、それはそれはとてもうるさいので来たらかわいそうだなと思ってヒヤヒヤしました。構図としては気に入っています。

ここに戦車を貼り付けよう

軽いノリで10式戦車を載せてみました。擱座して放置した、という設定なので、とりあえず機関銃だけは回収した模様です。もちろん、時間がなくてそこまで作り込めなかっただけです。こちら側の面しか塗装していません。というか五時間ほどででっち上げました。

合成があまり上手く行ってないのですが、まあ、大目に見てやってください。

何を見ているのか

「それ」が画面のなかに写る前にカットを切り替えているのですが、このあと彼女が眺めるものになるものを彼女は見ています。ほかにもそういうカットはあって、行ったことがあったり土地勘があればすぐわかるはずです。見ている方角は正確に「それ」の方角です。

同じく

「それ」のすぐ近くです。あまりに近すぎて16mm程度のレンズでは収められません。もう、なんのことだかおわかりですね?

こういうものは、ほとんどの見ている人はわからないはずですが、わからなくてもちゃんとある、ということが大事だと思っています。

気持ちは結果に残らない

最高の天気と美しい女優と素晴らしい景色と強い絵を作る能力と高性能のレンズを投下しても、絵を記録するカメラの性能によって残される絵の質は決まってしまう――というあたり前の結果がよくわかります。

もちろん、当時の我々がD7000を選択したことになんの後悔もありませんし、今あの時に戻っても選択すると思いますが、それでも、4Kであったら、RAWであったらと思わずにはいられません。未練ですね。

だから、次は勝つためによりよい機材を投入していくのです。

合成の難しさ

合成というのは難しく、何が難しいかというと違和感はあるのになぜ違和感があるのかわからないことです。そもそも合成の手順に問題があるのか、合成元素材に致命的な欠陥があるのかがわからなくなることも少なくありません。また、長いこと合成作業を行っているうちに何が正しいのかわからなくなってしまうこともあります。

とくにこの作品の場合カメラ自体が作り出した絵の損失と光学的な損失の合わさった映像が下敷きになっているため、単純に合成元に損失加工を加えただけでは違和感があるのですが、見事にその穴に落ちたと言えるでしょう。さらに言うならば明らかにボカしすぎであり、なぜ気づかなかったのか――そう思うのですが、永遠に作り込むことになるのでどこかで打ち切ってやるしかありません。

大切なのは、街中にヘリのロータが落ちている、ということがわかる、ということなのですから。

なにを探しているのか

「何かを探していることはわかる」というのは、この作品が撮った素材を繋いだだけの状態だった頃にレビューしてくれた人たちが口を揃えて言ったことです。そういう意図で作ったシーンの素材で構成しているので、目論見は成功していた、と言えるでしょう。それに答えを与えつつ、一方で何か言葉にならない感覚を持ってほしい――そんな想いで作りました。口で説明できるのなら、映画にする価値はありませんから。

ビル割

割ったビルでも奥に貼り付けて置くか、と適当に貼り付けました。しかしビルというのはなかなか単体で割れても絵になるものではありませんで。半分に折れて隣のビルとの間に引っかかっている、ぐらいの絵をつくらないとダメだ、ということがわかりました。まあ、もっと計算力が必要になるわけですが。

五年も経てば

なぜこうしなかったんだ、と思うカットも増えるわけでして、どうしてこんな高い位置にカメラを置いたんでしょうか。

カバンとカメラ

これ、持っていた人やこの手のものが大好きな人はわかると思いますが、RICOH製のカメラ、GR DIGITAL IVホワイトエディションとそのおまけのカバンです。これ以来白のカラバリをRICOHは出してくれないのですが、出してほしいですね。今はSONYのRX100 M5を愛用していますが、スナップシュータとしての性能はGRの足元にも及びません。

しかし、それだけのためにコンパクトデジタルカメラを買う余裕もないのです。みんな貧乏が悪い。

あんなに歩いたのに

この作品は僕が一旦歩いてロケハンし、使えそうなところを割り出して警察に道路使用許可を申請し、行程を再度組んで撮影隊が出動して撮影しています。

遠藤が撮了日の宴会で報告したところによると、歩行距離は60km。ですから少なくとも僕は120km以上歩いているでしょう。ひと夏の出来事です。

それでも、こういう意図の感じられないなんとなくの妙なカット、万が一のときのために撮影しておいたカットを入れ込まないとならない、ということは、この手の作品をつくるためにはいかに大量の素材が必要なのか、ということを端的に表している、といえるでしょう。

唯一の登場箇所

これを読んでいるあなたも忘れてしまったかもしれませんが、本作は第10回全国自主怪獣映画選手権米子大会出品作品です。大怪獣が登場しなければなりません。例え、それが首ちょんぱされて絶命したあとの姿であったとしても、です。

どこかで見たような構図

ええ、あの10式、本当はここで踏切待ちさせる予定だったんですよ。遮断棒のマスクが大変すぎるのでやめましたが。

おそろしく美しいボケが気になりますが、猫の登場カットです。たまたまいたので撮っただけですが、いてくれてよかったですね。あるスタッフは「かわいいカット」と言っていました。なにがでしょうか。

衣装について

今回の衣装は遠藤に手持ちの服の写真を送ってもらい、それからセレクトして彼女に「こういう組み合わせでは変じゃない?」と確認していきました。それで最初に選んだのがこの組み合わせです。

気づく人はいないと思いますが、とあるキャラの私服みたいでかわいいから、という理由で選びました。麦わら帽子も実はあったのですが、やりすぎだろ、と思ってオミット。

様々なものが変わっていくけれど

この映画が、例えば十年前に撮影されていたら、この奥にそびえ立つ六本木ヒルズ森タワーは映りません。十年前に撮影されていたら「それ」を見つめる彼女の視線を固定することもできなかったでしょう。同様にわずか五年後の今でさえ、最早同じ景色が撮影できないカットがたくさんあります。そうやって変わっていく東京の街並みを嫌う活動屋は多いですが、この作品でその儚い美しさに気付いてくれたら、と思います。

セミ

セミがいたので撮ってもらいました。

音楽について

音楽はINTERCEPTORよりまた流用。流用できる曲が大分減っているのですが、まだ隠し種が二つあります。どちらもどこで使うか決めています。すごいですよ。

浜松町

実は妙に線路の下を潜るカットが多い映画なのですが、そこに何を見出すかはあなた次第です。

元の作品について

これと次のカットは、水元公園で撮影しました。元の作品ではクライマックスだったシーンです。彼女が何を探していたのか、教えてくれるシーンです。

この作品で彼女が何を訴えていたのかも、まあご自身で解釈してもらうのがいいと思います。実は考えていなかったのですが「わかった」という人がいたというので、その方がいいでしょう。

演技

演技らしい演技を撮影する、ということが、これ以前もこれ以後もできていません。が、次はそうでなくしたいですね。これだけの絵を作れるんだ、と自慢できる絵になっていると思いますし、おもしろいお話を作れることも小説で証明しているので、次は映画です。

都電

実は貸し切り列車を走らせて撮影したのですが、使えるのはこのカットだけでした。

未練

4K/RAW撮影できたら、否せめて4Kで撮影できたら、と思わずにはいられません。なんの意味もないことですが。

水路

わかる人にはなにをやっているかわかると思いますが、僕は自信を持って撮りましたし、今も最高のシークエンスになったと自負しています。

当然のことながら

縄定さんに船はお願いしました。

魚眼レンズ

レンズの解像力がモロにでるのがこのD7000の動画でした。残念な解像ですが、この空間の広がりに勝るものもありません。

ちなみに、このように撮影しています。変質者にしか見えないなどと散々罵られました。

もしも後輩のように時を欺けるのなら

この撮影の最中、列車がやってきました。誰かが「がたんがたーん」と言ったため皆が「しんかんせーん。ちがうでしょ、しんかんせんはしろいの」と言って爆笑。当然のことながらまともな文化人としての道を歩んできて演劇に打ち込み文学に励んでいた遠藤だけが完璧に取り残され、混乱していました。

4K/RAWで撮影したかった

なかったことにしたことは一度もありませんが、それでも後ろめたい気持ちがあったので、こうしてこの絵を世に解き放つことができてとても嬉しい、それは偽りありません。

許可の関係上使えなかった素晴らしいカットもたくさんあるのですが、それでもです。

聖橋

何度も撮っていますが、大好きな橋です。

ここの光は動画で見ないとその美しさがわからないので、映画してて、好きです。

ベストショット

十年ほどの監督人生の中で、最も女優さんを美しく撮れたと思っているカットです。早く、これを二位以下にしたいですね。

スポッティング

動きと音楽を揃えられてよかったです。

本当は様々な赤や黄色の色を置き換えたかったのですが、YUV4:1:1では厳しく……。

人物の周囲の空間

九年前、The Escape Velocityを撮ろうとしたとき、最初にやりたかったのがこれでした。はっきりと「人物の周囲の空間を撮りたい」と言っていたのを覚えています。少しずつ、実現してきました。今も、実現し続けています。

音声について

人の名前を読み上げるだけでなにがあったかわかる、と思ったのでこうしました。間違いではなかったと思います。

ここからも見える

「それ」は見えます。

衣装についてその2

この服もかわいいですよね。実はすっごいきれいなカットとかわいいカットがあったのですが、許可の都合で……。

「怪獣のいない東京」

大分終わりに近づいてきました。僕がすべての怪獣映画の台詞のなかで一番好きな台詞は、ガメラ大怪獣空中決戦の「いつか、怪獣のいない東京を案内するよ」なのですが、この作品――元々はシーン――「自分の好きな東京、まだ知らない人に見てもらいたい大切な街の美しさ」というものを描きました。非日常を超えて生き残った日常の美しさとそこに落ちた影を描くことで、非日常に想像を巡らせて貰えれば非常に嬉しいですし、それを描き出した僕らの技術を感じ取り、次に期待してもらえれば幸いです。

何度か書きましたが、あれから五年経って、たくさんのものが変わってしまいましたし、あのとき美しかったものの本当に一欠片しかこのフィルムには残せていません。それでも、色も光も構図も、時間やその時の技術水準の抵抗に負けない強さがあると信じています。

HDR

二回撮影して、空と遠藤の両方に露出を合わせ、合成しています。F-2が墜落していますね。

足立区の輝き

大学院のわずか一年間しか暮らしていませんでしたが、北千住は大好きな街になりました。もっと作品を作りたいですね。

元の話は、墜落した兄の価値を探す女の子のお話でした。

このカットで終わらせろと言われたけれども

ここは完全にあさっての方向を見ているのですが、意味を見つけてくれたらうれしいです。いちおう、考えておいてはあります。そう簡単には教えませんが、難しい意味ではありません。

このカットで終えました

「道」と「水路」を分けて見れば、別の意味を見つけられる、と思ったからです。

でも、そんなもの見つけようとしなくたっていいのです。映像と音、なにより時間を楽しんでもらうために作った作品なのですから。怪獣が街に出てきて人は勝った、でも、という空虚さを描いたつもりです。

なかなか映画になれないままの映像たちで「これをこのまま別の映画祭に出品してしまおうか」と締切の一週間前まで本当に思っていました。けれども、あるときこれを怪獣映画にするしかないんだ、というところに追い込まれ、ではどうするか、と考えた時に「映画は映画になろうと」してくれました。映画とはそういうものなのです。本当にこれでいいのか?これはタダの編集したヴィデオじゃないのか?と思っているときに自分から映画として成立してくれるのです。単に失敗した映画の美しい映像集から「これは怪獣を倒した後を描いた作品なんだ」と言い張れるようになったのです。

五年もかかって長すぎた、とも思いますが、それでも自分が映画に求めていることの多くを詰めた作品、FILMASSEMBLERの強さを見せてくれる作品に仕上がってよかったと思います。

クレジット

わかるかもしれませんが、鏡に貼り付けて造形していたため、怪獣、半分しかありません。左右反転合成でくっつけています。まあでも、はじめて作ったのですが、ここまで持ってくるのに丸一日かからなかったので、次はもっとがんばりますね。

なるほどと膝を打つような仕掛け、強い映像、引き込まれる時間、男たちの熱い戦い、きれいなお姉さん、かわいい女の子、激しく格好いいアクション、破壊、発砲、爆破、そして大怪獣。そういうものを作りたいと思って、そこに繋いでいくために、作品を作っているのです。