Pathfinder the Final Cut [2012] 全カット解説

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せっかくですので、ほとんどのカットにおいてグレーディング前のスクリーンショットも掲載しました。

なお、同ポジのカットは除外してあります。

Aパート:屋上の死

Pathfinderは最初公開された「立場の開拓者」というバージョンと「the Final Cut [2012]」というバージョンがあり、「the Final Cut [2012]」では上映時間が5分短くなっています。主な変更点はAパートがばっさりカットされたことと、Dパートの序盤が落とされたこと、より強烈なグレーディングを適用したこと、この3つです。

「the Final Cut [2012]」ではAパートが実質1カットしか残されていません。大事なことは、マキが「死体」であること、その復活を本人の意志に柏葉が任せていること、です。屋上にいるのは、天に昇ることを望んでいるからであり——そんな感じで演出しています。

Tokina AT-X 116 PRO DX II 11-16mm F2.8

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いきなりレンズ名です。しかし、このレンズがなければこのカットは成立し得ませんでした。テスト撮影でこのレンズが絶大な威力を持つことがわかっていたので、借りてまで使ったのです。お金がなかったんですね。自信のあるカットなので、the Final Cut [2012]ではいきなりこれを持ってきました。正しい判断だったと今でも思います。

虚ろな目線のマキは所謂死んだ魚の目で、魂の抜け殻とか、まあそういう類いのものです。すごくよくやってくれたと思います。本作がFAにおける初出演で、確かにその演技力についてある程度把握していましたが、どんなことになるかわからない——最悪林にすべてのドラマを持たせて逃げ切ろう、そう考えて用意した脚本でしたが、杞憂でしたね。

遠藤としては多分、痛かったんじゃないでしょうか。右半身が。堅いですからね、このベンチの座面。彼女が寝転んでいるベンチは当然元からこう設置されていたわけではなく、朝から必死こいて配置したものです。二つ繋いでいます。邪魔なものはみんな画面外に消えてもらいました。

今なら絶対、上のフェンスをああいう切り方はしない、きちんと角を貫くようにレイアウトするのに……と思います。

「the Final Cut [2012]」ではカラーグレーディングで様々な箇所をいじっていますが、ここで最も顕著なのは、青空です。元映像では真っ白でした。やってよかったと思います。この映画は二日間で二回撮影していて、一回目のほうは天気がよかったので、色もよかったのですが、林への連絡ミスで、コートが全然違う感じだったので、デジタル様に賭けました。マットな質感でいい映像に最終的には仕上がったと思っています。しかし、人員を酷使する撮影を撮影の吉田は大変不満そうでした。僕が悪かったと思います。

タイトル

PLAYSTATION 3みたいですね。the Final Cut [2012]の文字を入れなかった理由は忘れました。

シンプルなロゴデザインが好きです。しかし、次回作以後はもう少し凝ろうと考えています。

Bパート:片思いの構図

低予算映画を充実したものにする一つの方法であるイメージカット+オフ音声の組み合わせが主なシーンです。「the Escape Velocity」のころからずっとやっていますが、やっと一つの形を見た、そう考えています。

幸せになる最初の一歩は自分の立場を自分で歩いて変えることだ——というお話しなので、それを一生懸命伝えたつもりです。

澪フォン

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某社のMVMOのブランド名ではなくて、「けいおん!」の秋山澪ちゃんが愛用しているヘッドフォン、AKG701のことです。「けいおん!」なら秋山澪派の監督が「これは演出に必要なんだ。外界から隔離される彼女の心情を表すのに巨大なヘッドフォンは必須で、色を奪われた彼女には白いヘッドフォンが必要なんだ」などと屁理屈を並べ立て、36000円の大枠を確保して調達し、当然今では監督のリスニング用ヘッドフォンとして愛用されています。まったくとんでもない監督です。

「けいおん!」と言えば、Pathfinderのオリジナル版、「立場の開拓者」の公開日は2011年12月3日で、劇場版「けいおん!」の公開日と被っていました。この映画は11月26日と27日の2日間で撮影、編集を経て12月3日に公開という強行スケジュールでしたね。

遠藤の顔をグレーディングで大分処理しています。髪の毛を抜くのが大変でした。4:2:0で、H.264ですから、当然といえば当然ですが。金さえあれば、例えばREDかなにかでRAWの映像を収録できていれば、もっと美しくこの映画を残すことができたのに、そう思うと胸が痛みます。いつもですが。

冬はオレンジ

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カラーグレーディングに難儀したカット。いじくるのは誰でもできますが、全体を整えるのはやはり難しいです。すこし鮮やかにしすぎたか——そう思う一方で、ここは日が当たって暖かい、という映像にしないと映画の骨格が崩れるので、実に厳しかった。冬はオレンジだと思っているのですが……。青空も鮮やかすぎますね。

ああ、もっといい元映像なら、もっといい映像になったのに、そう思うと——。

レイアウトは今見るとまあまあですね。やはり角の処理がよくない。中途半端です。

なお、カラーグレーディングはすべてApple Motionで行っています。丁度円高でMotionも安くなっていたんですね。大枚叩いて買った、そんな記憶があります。Final Cut Pro Xもとうとう重い腰を上げて買いました。それまで全部iMovieだったんですね。

まっすぐなものがまっすぐにならない

なんなんでしょうね。この甘いレイアウトは。シャンと真っ直ぐにしろよ、そう思います。せっかく場所も色もよいのに。

「移動」の表現カットです。歩いているのは研究室の後輩ですね。この一連のシーンではいろんな人に協力してもらいました。

まあ、及第点を与えられるレイアウトだと思ってます。2ピクセルほどズレていますが、左下の処理は気に入っています。

コピー機を使っているのは、当然研究室の後輩で、確かスタッフ用の脚本をコピーさせたはずです。つまり必要な作業だったんですね。

欲を言えば、ここで警察特殊部隊とテロリストの戦闘シーンを撮りたかったのですが、その夢はもう叶うことはありません。失われていくものなのです。

しかし、例え映像にこうして残っていなくても、記憶はかけがえのないもので、消えないものです。嬉しい思い出も、辛い思い出も。

すごい男

移動しているのは助監督であり、録音技師であり、俳優です。この男について語るとその難しい特性故に時間がかかるのでやめますが、すごい男です。

一応ピンを外しているのですが、そんなことしなくてもあまりに解像感がないため、ポスタの文字を読み取ることはほとんどできそうになく、まあ画質が悪くてよかった数少ない例です。

パンと擬似的な柱でおもしろい絵にならないかな、と考えたそれだけのカットであり、まあ結果は見ての通りです。変化をつけてやらないと、飽きるので。

喰うために生きる

米を研ぎにいく研究室の後輩です。低予算映画に必要なのは、先輩の無茶ぶりを聞いてくれる良い後輩です。

角の処理が今見ると中途半端で嫌なレイアウトですね。これを書いていて思うのは、とにかく甘い絵作りだな、ということです。歪曲収差が目立ちますね。

とにかく重ねる

今度は掲示板を見に行く研究室の人です。情報化社会なので、そのうちこういうイベントもなくなるのでしょう。配信されるようになりますから。まあ、そういう哀愁として見ても良いですね。この映画はそれ自体が哀愁なので。

「自分の利益のために少し移動する」ことがこの映画の主題ですから、そのイメージは執拗に重ねます。でないと伝わりません。そう思っています。

片思いの構図

自分のことを斜め後ろから撮影している感じですごく嫌なカットですね。

これも研究室の人と、撮影です。すごく片思いっぽい演技とあしらってるっぽい演技が出て、とても満足しています。

谷間

移動している姿がちらちらと見えますね。

本編撮影後、尺が足りなくて慌てて撮りに行ったカットです。とにかく寒かった。その記憶しかありません。しかし、気に入っています。

彼女の視線

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ここからの一連のシーンは「立場の開拓者」の最初のシーンです。「the Final Cut [2012]」では、冒頭いきなり柏葉とマキが出会ってますが、実はマキを探しに来る柏葉、というシーンがあるんですね。ここはその最初、マキを見つけた柏葉の主観カットです。

グレーディングで使用したMotionのファイルが発見されれば、また細かいグレーディングの情報を掲載しようとは思ってます。

走る

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広角レンズを選択したのは、もちろん走り込んでくる林のスピード感を活かせると思ったからです。僕も小学校からずっと途中から飛び降りて階段を走ってきましたし、その感触を覚えているいて、作ったカットです。

なめらかなパンと不思議な動きですが、これはManfrottoのフルード一脚が大活躍しています。この一脚ありきで撮ったのが、これと次のカットです。

奈落を覗いて

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フルード一脚の存在を知ったとき、最初に思いついたのがこのカットでした。撮影の吉田が椅子に登って、ノーファインダで見事に仕留めてくれています。

なお、一回柏葉が探しに行く先には、移動させた椅子だのなんだのが全部置いてあります。

心の亡骸

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ヘッドフォンと野球帽で外界から自分を隔離しているマキで、そして白い野球帽は亡骸のうえにかける白い布の代替であり、心が死んでいるのだ——まあそんな意図です。

野球帽は撮影場所近くの安売り店で軽く調達したものです。ヘッドフォンを装着すると何もきこえないと、遠藤から抗議の声が上がったのを覚えています。

映画を諦めるな

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テスト撮影の際は、試験で作ったドリーを使ったのですが、これがすごく難儀なもので、ちょっと実用に耐えなかったので、パンで回避することにしました。そうやって、例え何かが上手く行かなかったとしても、他の何かで補ってくれる、ということが映画を成功に導く上で大事なことです。

その恨みが一年半後、大怪獣奪還計画でのドリー実戦投入へと繋がりました。

大事なのは映画を諦めないことです。例え何年凍結の憂き目にあったとしても、諦めずに虎視眈々と狡猾にその生存戦略を維持すれば、必ず映画はあなたの想いに応えてくれる——そう言い切るために、諦めずやり続けているのです。少なくとも、そんな都合のいいもの、映画ぐらいしか知りませんし。

かわったことをしてみたい

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それだけの構図です。まあ、若かった、ということにしてください。

監督の仕事

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衣装について話しましょう。ロケハンの際に得たこの場所の色に合うように二人の衣装を調整しています。色は大事な要素だと考えていますから、背景との調和を考えられるものなら考えます。もちろん、デジタル様に調整させても良いのですが、デジタル様に良い素材を渡すことで、デジタル様の力は発揮されるので、できるかぎり、良いものを渡すようにします。僕はあまりファッションセンスが良くないですし、知らないですし、色についても自信はないですが、真摯に考えること、しっかり判断すること、その判断に責任を持つことが監督の仕事だと思います。

映画を撮れば、素人であれば必ずわからないことが出てきます。このFAが日々の活動を通じて伝えているように、答えのあること、確かなこともたくさんありますが、一方で答えの有無さえわからないもの、なにを目安に、なにを手繰っていけば正しさにたどり着けるかかわからないものもたくさんあります。そこに思い悩んで諦めても、時間を浪費しても映画は生まれてきてくれません。最高の判断を諦め、最善の判断、少なくとも自分がその判断を守り切れると思える判断をすること、「あのときはこう思っていた」と言い切れる判断をすることで、歩んでいくしかない、そう思います。

林は気合いの入った役者なので、いろいろ選択肢を出してくれて、すんなり手持ちの衣装で決まった筈です。自分が監督に貢献する立場であるなら、選択肢を提供していきたいと思いますし、林だけでなく、FAの映画撮影に参加する大勢が僕にたくさんの選択肢を与えてくれていて、とても感謝しています。

こうすると、床の緑にきれいに馴染んで、素敵ですね。気に入っています。

チェック

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マキの衣装は遠藤の私物のタイツとコートを除いてすべて調達したはずです。遠藤が手頃なものを持っていなかったので他はすべて調達しました。遠藤が今でいうオタサーの姫みたいな格好なのは、つまり監督が初心で、そういう姫に簡単に騙されるタイプだからです。わかりやすいですね。当然、気に入っています。

コートは、遠藤がいくつか候補をくれて、とにかくこのチェックが色も柄も気に入ったので即採用しました。チェックは大好きです。可愛いですよね。ので、林の衣装もチェックが入ってます。

ブランケットは確かドーナツやさんの景品だったと思いますが、2012年秋の東北遠征の際に失ってしまいました。鞄は音響石綿の私物の筈です。鞄の中の色を抜くか考えましたが、まだ鞄の中や、コートの裏には彼女にも色が残っている——すべてを失ったわけではない、という演出にしました。まあ、この青いファイルを後のカットで色抜きできなかったのと、とにかくこのコートのチェックの青緑が好きだっただけなんですが。

このカットはManfrottoのクイックセンターポールシステムを活用して撮影しています。視線を逸らしていますが、重量物と撮影の吉田が下手すりゃ降ってくるわけで、遠藤の恐怖は尋常ではなかったと思います。しかし平然とやってくれました。ありがとうございます。

救えなかった黄昏

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空の下のオレンジを出したかったんですが、偽色やら何やらも彩度が上がってしまい、残念な出来になってますね。

何度も書きますが、書かないと自分でも忘れてまた同じ轍を踏んでしまいそうになるので、刻みつけるように書きますが、金さえあればもっと美しくこの映画を残せたのです。本当に苦労して金を絞り出したのを覚えていますが、こんなんじゃダメなんだとわかりました。後で泣きたくないなら、お金は大事にすべきです。予算で美しさは決まってしまうのですから。こうして救えなかった黄昏を、思い出の向こう側に思いを馳せて臍を噛むような真似をみっともないと感じるのなら、早い段階での対策が必要です。

Cパート:失恋の演技

音楽について

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素材映像の時点で少し露出オーバ気味だったことがわかります。露出計を信じる、としていましたが、難しいものです。まあ、RAWで撮っていれば——という話です。悲しいですね。

書いているといろいろナーバスだったことを思い出しますが、音楽についても同様です。石渡が作業を開始したのが公開前日の夜10時頃で、4時頃に4曲仕上がっていました。さすがです。

一番のお気に入り

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この映画のなかで最も品質が高いカットの一つ、そう思っています。なんでここだけこんなに滑らかにスキントーンが出たのか、未だにわかりません。とにかく最高のカットです。全部のカットがこの品質だったら、もう少し流す涙の量が減った——そう心から思います。

柏葉が少年っぽく見えてほしいな、と思いました。

しかしここの青が抜けなかったので、鞄の中はカラフルになりました。半透明がよくなかった。まあ、赤は抜いても良かったかもしれませんが……。チラッと写りますが、このファイル、今は亡きHD DVDの販促用ファイルです。酷使して、未だに使っています。おまけにここの帽子の輪郭が抜けなかったので、この一連のシーンの空色はこれで固定となりました。露出計を使って対数記録しても、こういうことがあるのです。まあ、波形鏡があり、デジタル映像技師がいれば別なのかもしれませんが、露出計を信じてやる、という撮影プランだったので、これでいいと思います。

手紙の差し出し人は千葉県館山市の架空の地番で、通商産業省太陽系先進開発計画館山宇宙センタとなっています。封筒は林がたまたま持っていた封筒をそのまま使いました。監督が小道具を忘れただけです。

館山ロケはThe Escape Velocityで行いました

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写真には一応二人が写っていたりしますが、隠しました。適当な合成なので。実際に館山の写真を使っています。

テスト撮影ではもっと鮮やかなタイツを差していたのですが、不評だったので、完全にシャツとマッチさせる方向でいきました。

視線の演出

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パッケージ版だとタイトル画面はこのカットになっていた筈です。衣装の色彩が背景と合っていて、自分の判断の正しさを確信したカットです。

もう気付いたかもしれませんが、二人の視線が交わることはなく、基本的に好き勝手な方向を向いています。対話が成り立たないことに、いろいろな意図を探ってもらう——様々な演出への予感を探らせる余地を作る、それが映画に対してある種の期待を抱く観客への配慮であり、文章だけで伝わる脚本と見かけ上の主題を用意することが映画に対して物語を期待する観客への配慮だと思います。

マスタショット

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画質的に一番気に入っているカットはC24ですが、絵として一番気に入っているカットはこちらです。へんな言い方ですが「自分らしさ」が出ている、そう思っています。

人物に露出を合わせれば、露出的に白く飛んでしまうので、マスクを切って、空は合成しています。同アングルでの合成だったのですが、そう楽でもありませんでした。やはり境界は目立ちますからね。

Dパート:開拓者の色彩

偽りの黄昏

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一般的なカラーグレーディングによる黄昏の演出です。実際はこんな色合いではありませんでした。「the Final Cut [2012]」で最も顕著な映像上の変化と言ってもいいでしょう。かなり自信を持ってやりました。

構図としては、右下の処理は評価できますね。

何を境に

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自販機の商品や、ホースなどの色をどう始末するか考えましたが、残しています。あくまで、自然な夕焼けに近くしたかったのです。ただのセピア化ではないよ、ということです。

こういう中途半端な構図は苦手で、しかし最善を、と思ってやりましたが、やはり中途半端になってしまいましたね。まあ、いろいろな要因があるのですが、悩ましいものです。

撮像感度

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映像表現フォーラムでも「ここをもっと明るく、暖かく見せた方がよかったのではないか」という質問があったのですが、この僅かなカットのために照明を調達することはできませんでしたし、撮像感度は全編通して800で統一して雑音量を統一する、という方針だったので、これが限度でした。いろいろ試したのですが。元映像を軽く補正しただけで出しても良いかな……と迷ったのですが。

ちなみに、暖かくなんかないです。

左下をきちんと角を貫くべきだったと思いますが、絵として好きな絵です。

なお、階段の突き当たり、屋上階に存在するのは漫研の部室で、その扉の前には大変なイラストの描かれた立て看板が置いてあることがあり、それがすべてぶちこわしにするのではないか——そんな懸念もありましたが、杞憂に終わりました。

マルチカム撮影

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マルチカム撮影を多用しています。演技が長いので、観客が飽きないように、そうしたんですね。遠藤がどうターンするかとか、細かく決めて望んでいます。演技が継続して行えるので、舞台出身の役者には多分楽だろう、そう思ってやっています。あと、カット割るといろいろ時間がかかる、ということもあります。

もちろん、慣れていないマルチカムは時間がかかるものですが、それは自分の部隊の傾向に合わせて決めれば良いことでしょう。

広角の理由

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ギャグシーンでもないのに、というかむしろかなりシリアスなシーンなのに、画面に迫る女優を広角レンズで撮る、という暴挙をやっています。後のカットと差をつけたかったからです。

左端の影を消したかったのですが、きれいに消えなくて、残念なカットですね。

二人

どうやって二人の輝きを映像化したものか——がんばったところで撮れる映像はたかが知れていますので、思い切り飛ばしました。潔い判断だったと追います。

第二カメラ

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次のカットは決めカットなので、当然マルチカム撮影であってもそちらのカメラ位置が優先されます。綿密な計画によって事前に位置を割り出せればどういう構図で味方の誤写を防ぐか考えることもできますが、現場合わせになることもあります。すぐにある程度の構図を作り出すことが大事ですし、そのときに浮かないように充分な映像上の演出計画を用意しておくべきです。

ヒーロの映画

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最も重要なカット、つまり「ヒーロがヒロインを救い出す」クライマックスのシーンであり、そこにどんな武器を投入するか——そう考えた結果、フォーカス送りを入れました。

AFレンズを減速機なしに僅かに回転させることで成立したカットで、自分でやっています。MFレンズを買うお金がなかったんです。少し揺れちゃってますが、これ以上は無理だったと思います。柄をつければよいという考えが当時はなく、カメラが回っている間ずっと鏡筒を掴むことで逃げました。解像感がない映像だったからこそ、こんないい加減なことで成功したのかもしれませんが、一方でもっと美しく撮りたかった——とまたドツボに嵌まります。

もう、諦めるしかないのですが。

マキが回転し始めると、マスクが露呈し、グレーディングしていることに明らかになることを、ネット公開の時に気付きました。ダメですね。

というわけで、柏葉が主人公なのですが、みんなマキが主人公だと思いこんでいたみたいです。でも、実際は原始的な、少し欠けるところのある、ただ少女を少年が救う、ヒーロ映画です。柏葉は女の子ですが、型式としての話です。

クレジットに対する考え

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奥の建物は外壁にふざけたことにタイルを敷き詰めており、見事にその格子模様がモアレを生み出してくれました。どうしようもありません。

クレジットを置くことを考えて作った画面です。

僕は、自作の冒頭に今のところ「監督作品」とかいれませんし、クレジットも可能な限り一画面でさらっと済まします。名前を見せる、自分の証を示すことは大事ですが、もったいつけることも、観客を待たせることも好きではありません。クレジットは作品ではないのです。

もちろん、大作で壮大な主題歌が流れたりするなら、また話は別ですが、10人そこらで撮っているので、簡単で良いだろう、そういう判断です。同様に、僕が監督をすることが価値として広く認められるようになれば、冒頭に「監督作品」とか入れるでしょう。少なくとも今のところ、僕の名前を見て観客は盛り上がってくれないだろう、そういう判断です。